『生花病の治し方』


 
 あるところに小さな女の子がいました。
 女の子は病気にかかっていました。
『生花病』という病気です。
 冬のある日、突然発病して、体中から茎や枝が伸びてきます。
 生える部分は時間と共に増えて行き、身体は徐々に動かなくなっていきます。
 春になると体から養分を吸い切って、花を咲かせます。
 その時に発病者は死んでしまいます。
 治す薬はありません。
 その女の子のところへ、一人の白い髪をした男の子がやってきました。
 男の子は女の子の近くに住んでいる子供です。両親が最近死んでしまい、親戚もおらず、髪の色のせいで引き取り手もいないのでひっそりと村の片隅で暮らしていました。
 男の子は、友達である女の子のお見舞いに来ました。
 しかし、女の子の両親は男の子を家に上げようとしません。
 それどころか、女の子は男の子のせいで病気に掛かったと罵ってきたのです。
 男の子は夜にこっそり、女の子に会いに来ました。
 窓ガラス越しに見る女の子は身体の至る所に包帯を巻かれ、ベッドに横たわっていました。
 女の子は男の子が来たことに気がつくと、微かに笑みを浮かべます。
 男の子は女の子を助けることを決意しました。
 男の子は真っ黒い泉の主に会いに行きました。
『やあ、白き子供よ』
 真っ黒いフードを目深に被り、真っ黒いローブを身にまとったソレは、気さくに男の子に話しかけます。
『女の子を助けたいのか?』
 用件も言わぬうちに泉の主は男の子に問いかけます。
 ゆっくりとしかし、躊躇わずに男の子は頷きます。
『ならば、霧の大樹に会わ無ければならない』


 
 一羽の小鳥が歌う。


 
 霧の大樹は森の中
 とても長生き とても丈夫
 風も 炎も 人の手さえ モノともしない
 ずっとずっと そこにいる
 周りの木々が病で苦しもうと 炎の海が森を包もうと
 ずっとずっと そこにいる
 霧の大樹は 森の中
 誰も知らない 誰にも見れない 森の中


 
 男の子は霧の大樹の前に立ちました。
 霧の大樹は全体が金属のような銀色で、葉が一枚もついていません。
 周りには一本の草さえも生えておらず、真っ白い霧が立ち込めていました。
 そのせいで、大樹の上の方は全く見ることができません。
 立ち込める霧はまるでそれ自体が生き物のように、ゆっくりと流動していました。
 霧の大樹に男の子は事情を話します。
 しかし、霧の大樹は押し黙ったまま、ピクリとも動きません。
 陽光は遮られ、虫の声さえも聞こえません。
 男の子は仕方なく、その場を離れました。


 
 男の子は再び真っ黒い泉の主に会いました。
『女の子を助けたいのか?』
 男の子はまた頷きます。
『ならば炎の雪原に行くことだ』


 
 一匹のトカゲが歌う。


 
 あそこはどこだか知ってるかい?
 あそこは炎の雪原だ
 雪は燃えるように熱く 炎は凍るように冷たいんだ
 柔らかな風が吹くよ 生暖かい 気持ち悪い風だけど
 踊ろう 踊ろう 蘇芳の中で
 考えてもしょうがない それは 別の領域さ 
 夢は現だ 現は夢だ
 ここはどこだか知ってるかい?
 ここは炎の雪原だ


 
 男の子は炎の雪原に着きました。
 ユラユラと雪のような靄が次々に落ちて墜ちています。
 ですが、それに実体は無く、積もることはありません。
 血を一面に撒いたような赤い雪原には、果てが見えず、空は灰色と白と水色と青のマダラに覆われています。
 男の子は雪原に立ち、宙に向かって事情を話します。
 男の子を取り囲む炎は、踊るように揺らめいていますが、何も語ることはありません。
 仕方が無く男の子は、雪原に背を向けました。


 
 真っ黒い泉は風に吹かれても波を立たせることは無く、凪いでいました。
 男の子はゆっくりと泉に手をつけます。
 泉の中心から、主が静かに浮かび上がりました。
 フードの中には闇が広がり、光の欠片も見えません。
『女の子を助けたいのか?』
 主のその言葉を聞き終わる前に、男の子は次の行先を尋ねます。
『ならば、次は大地の空だ』


 
 一個のメノウが歌う。


 
 高く 高く 大地の空へと 舞い上がる
 深緑は融けて広がり 元には戻らない
 生きられはしない 死にもできない
 間違えてはならないぞ
 ここは最果てではないのだから
 深く 深く 大地の空へと 沈み行く
 純白が 綺麗なモノとは 限らない
 そして君が 指でなぞって 真を知るを
 幸か不幸か 嘲笑う


 
 そこは強い風が吹き荒れていました。
 水気を含まない空気が、縦横無尽に駆け巡っています。
 種類もわからないような、茶色い枯草が地面を覆っていました。
 その地面も、上と下が定かではなく、抜けるような青空の中をぐるぐると回っています。
 風にかき消されぬ様に、男の子は大きな声で事情を説明します。
 ですが、風は男の子を嘲笑うかのように吹き荒れて、たったの一言も返しません。
 男の子は諦めて、その場を後にしました。


 
 真っ黒い泉の上で、泉の主は男の子を待っていました。
 男の子の体は、すでにボロボロになっていました。
 男の子は次の行先を言うように、泉の主をせかします。
 泉の主はゆっくりと首を振りました。
『今ので最後だ』
 では、女の子の病気はこれで治るのかと、男の子は問い詰めます。
 泉の主は再び首を横に振ります。
『生花病の原因はなんだと思う?』
 男の子は知らないと答えました。
 生花病の原因は、世界中の人々が知らない謎のひとつです。
『生花病の原因は、冬だ』
 泉の主は静かに答えます。
『人々は、春に恋い焦がれる。冬がなければ、雪解け水も得られないというのに。ひたすらに冬を呪い、過ぎ去ることを望みながら、春を求め続ける』
 今までしてきたことはなんだったのか、男の子は泉の主にたずねます。
『白き子供よ、お前が会って来たアレらは、冬の断片達だ。アレら全てが冬でもあり、また、そうでも無い』
 男の子は立っているのもままならず、その場に座り込んでしまいます。
『彼らは、お前のことを気に入ったらしい』
 ならばと、男の子は目を輝かせます。
『しかし、女の子を治す事は出来ない。事象は定まっている。壊れた卵は元には戻らない』
 男の子は絶望し、肩を落としました。
『だが――――』


 
 薄暗い部屋の中で、女の子は眠っています。
 少しでも病の進行を遅らせようと、むしった茎の上に包帯が巻いてありますが、包帯の隙間からあざ笑うかのように新しい芽が伸びています。
 女の子の息は荒く、誰が見ても辛そうに見えました。
 不意に女の子が目を覚まし、辺りを見回します。
 ベッドの横には、男の子がいました。
 しかし、ドアも窓も開いていません。
 男の子は女の子の手をそっと握り、大丈夫だよと、微笑みかけます。
 その顔は、死人のように真っ白です。
 心配そうな女の子に、すぐ治るよ、と男の子は呟きました。
 女の子は静かに、全てを包み込むような眠りへと落ちていきました。


 
 春になって、女の子は目を覚ました。
 大人たちが、目に涙を浮かべ、歓声を上げています。
 女の子は初めての『生花病』から回復した患者となりました。


 
 それから、しばらくして出歩けるようになると、女の子は男の子の家へと向かいました。
 お礼を言いたいという、そんなぼんやりとした思いが、女の子の中にはあったのです。
 村の片隅にたどり着き、女の子は男の子名前を呼ぼうとします。
 しかし、女の子は男の子の名前を呼びませんでした。
 女の子の目の前には多くのユキヤナギに囲まれた、一軒の廃墟がありました。
 柔らかな陽光が、廃墟に降り注いでいます。
 一陣の春風が通り過ぎ、真っ白いユキヤナギが、女の子を歓迎するかのようにユラユラと揺らめきました。
 


 
 <了>
 
 

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