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 [篠宮 大地]という表札が下がったアパート。
 そのドアに鍵を赤毛――――篠宮 大地が差し込み、回す。無機質な音がした。暗く、人けのない室内。
 家の中は、男の部屋にしては随分と片付いていた。
 片付いていたというよりは、物自体がないと表現したほうが正しいかもしれない。
 最近ここに越してきたのだから、当然といえば当然だろう。
 「適当に座ってください」
 ガスストーブのスイッチを入れると、篠宮はキッチンへと去っていく。
 キッチン風呂場つきの1LDK。に、4人。
 結構きつい。
 少々、埃っぽい様な気がするのは気のせいか。
「……おい」
「イチゴへびー……?」
 俺とサーシャルは嬉々として何かをやっている苺の後ろ姿に声をかける。
 「なーにー?」
 苺は部屋の調度品をじろじろと見て回っている。
「その台詞はこっちの台詞だ。何やってるんだ、お前」
「何って」
 笑う
「一人暮らしの男の部屋に来たらすることなんて一つだよー?ついでにお腹すいたし」
 シンプルなベッドの前にかがみこみ、片腕を突っ込み、探る。
 確かに腹は減ったが、今問題にしているのはそういったことではないと思うのだが。
「んー……」
 予想が外れていたのか立ち上がり、大小の本が乱雑に入れてある本棚の前に移動。
 その本棚と壁との隙間に手を差し込む。
 人様の家で何をやっているんだ……
 呆れてもう一言、言おうとする。と、
 「あっ」
 何か取り出した。
「『ドキドキ☆あなたの幼女シミュレーター』!」
「ちょぉっと待ったあぁ!!」
 台所から飛び出してきた篠宮が苺に向かって突進していき、苺が手にしているピンク色のゲームソフトを奪おうとする。が、簡単に避けられる。
 成る程
 積み重なった本の中でカバーと中身の大きさがあってないものを一つ、選んで抜き出す。
カバーは『やさしい英会話』、中身はわかりやすいエロ本。しかも、
 「幼女モノ」
 ふむ
「ロリコンか」
「ロリコンだね」
「なにやってんだ! お前ら!」
「お腹すいた」
「腹が減った」
 苺はエロゲーのパッケージを笑顔で、俺は開いたエロ本をちらつかせながら、グールに告げる。
 篠宮は台所に走って行く。
 暫くの間の後、できたてのチャーハンと緑茶とペットボトルと紙コップを持って戻って来た。
「これで満足か!」
 お茶を注いだ紙コップを篠宮が配る。
「ありがとデス」
「ありがとー」
「どうも」
 わざわざ料理せずとも、食い物さえ出せば解決しただろうに。
 律儀な奴だ。
 全員がお茶をすすり、チャーハンを食べてしばしの沈黙が訪れる。
「……で、」
 俺が最初に沈黙を破る。
「これからどうするつもりだ?」
「……人には、戻れないんだな」
 篠宮がぽつりと話す。
「ホットケーキから、卵だけを取り出すことはできない。そういうことだ」
「……そうか」
 どのくらい納得したのかは分からないが、一応話を先に進めることはできそうだ。
「料理人なんだ、俺は」
 自分用なのだろう、茶の入ったマグカップを篠宮は握り締める。
「人間に戻れないなら……せめて、」
 家に連れられてきたことから分かっていたが、記憶が戻ったらしい。
「料理をしタイノですかー?」
「……はい」
「2つ」
 俺はため息をつきながら、発言する。
「提案がある」
 吸血鬼に生息方法や地域などはない。一箇所に定住したり、ふらふら世界を回ったり、国単位で縄張りにしたり様々だ。
 サーシャルは定住もしていないし、定職にもついていない。世界中を回りながら、その場その場で食いつないでいる。
 篠宮がサーシャルのお供となると世界中を回ることになるだろう。
「こいつはイレギュラーだ。どのグールや吸血鬼との規格とも外れているこいつの勝手が分かるには、しばらく時間がかかるだろう」
「そうデスねー」
 サーシャルが許さないとは思うが、ソッチ系の研究機関はこぞってサンプルを欲しがるだろう。
「そこで、だ」
 そして、そこに苺の要求を組み入れる。
「一時的に、死会の後方部隊に入ってみないか?」
 篠宮に、問いかける。
「どういうことだ?」
 さて、どこから、どう説明したら分かりやすいか……
 俺は、天井のしみを見上げて腕を組む。
「今、食人作用が理性で押さえられているとはいえ、ある程度の供給は必要だろう。その供給口を死会に頼む。サーシャルから言えば、多分後方部隊になら入れるだろう」
 却下されても追加で俺や、苺から言えば多分ギリギリ入れるだろう。
「死会の傘下に一応でも入っておけば、下手な組織は手出しをしてこない」
 サーシャルにとっても悪くない提案のはずだ。
「もう一つの提案は……」
 少し、馬鹿らしい
 
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 あるビルの中に夜間限定の小さいレストランができました。
 お店の名前は【ヒューマン キッチン】
 会員様限定。内部の写真もお断り。取材も一切お断り。
 食材は、万物の長。などと自分勝手にほざいているホモサピエンス、人間です!
 血から肉、内臓や骨まであらゆる部位を取り扱い、最高級の料理に仕立てています。
 連日満員御礼の大繁盛。
 ぜひともご来店ください!
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「……と、いうことまでは良く分かったんだけどさ」
 手作りのチラシから顔をあげた、半眼の苺が向かいの席で呟く。
 少し高めに設定された、天井。落ち着いた照明が並ぶ中にそれなりの数のテーブルが用意されている。
 席はほぼ満員。ここに来てから、変化の類を解いたのか人型をしていないものもかなり多くいる。
「交渉条件は『篠宮を料理人とする事』内容についてまでは明示されなかった」
 食材の『人』は死会から供給されている。
 死会の方は死体の処理をする手間が省け、篠宮は食材を手に入れられる。
 そして、死体は客の胃袋の中。見つかることもない。
 立派な後方支援の誕生だ。
「うー」
 唸りながら、コップの水を一口含む。
「よく来たな」
 立派なコック帽を被った篠宮が姿を現す。
 まわりにいる人間じゃないもの達が少し、こちらに注目する。
「人間用の飯」
「美味しいものなら何でもオケ」
「俺はウェイトレスじゃないぞ」
 篠宮は肩を竦めると、ウェイトレスを呼んでくれる。
 金髪巻き毛の少女だ。
「超・趣味丸出し」
「見ていて痛々しいな」
「何とでも言え。彼女はかなり有能だぞ?」
 少女はぺこりとお辞儀する。
「店ではメアリーと申します。ご注文をどうぞ」
 注文を受けると彼女は去っていく。
「人じゃないよな?」
「ああ」
 篠宮は目を細める。
 思えば、人だったらかなりヤバイ。雇用法やそれ以前に扱っているものやら色々ヤバイ。
 「さっきも言ったが人間よりよっぽど甲斐甲斐しく、働いてくれるぞ。腕が何本もあるし。好きな形にも変身できるし」
 ……好きな形?
「……ってことはー」
 苺が呟く。
「あの姿は、まるっきりお前の趣味か」
 ため息をつきながらの俺の指摘に、顔をこわばらせる篠宮。口を滑らせたことに気がついたらしい。
 しばらくの沈黙。の後、
「……ふっ」
 自嘲じみた笑みを篠宮は浮かべた。
「ああ、そうだ! 幼女は正義だ!」
 胸を張って宣言する篠宮。
 開き直ったな。
 ある意味ここまでくれば、清々しいと言えなくもないが。
 周りの客は意外と動揺していなかった。食人タイプとなればロリコンなど変態の部類には入らないということなのだろうか?
 とりあえず、無理を言って作ってもらった人間用の飯は美味しかった
 
 数日後、
 レストランのあだ名は「ロリコンキッチン」になっていた。
 
 
 
 転がり墜ち行く血肉は彼方 月は踊らず幕を斬る  
 
 <了>
 


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