[ しょっぴんぐ・さまー ]
 
 
「「最初は」」
「グー!」「パー」
 俺の掌と苺の拳が同時に差し出される。
「ぎゃー!」
「はい、俺の勝ち」
 絶叫しながら頭を抱える苺から、携帯ゲーム機に視線を移しつつ俺は勝利宣言をする。
「ちゃんと買ってこいよ」
「卑怯だ!ルールに反しているよ!」
 目尻を吊り上げた苺が、ゲーム機を立ち上げる俺に向かって指を突きつける。
「最初にグーを出すというルールの提示はされなかったし、それの承諾もされていない」  「うー!」
「今夜の夕食の材料。と、例のヤツ」
 俺の投げたがま口財布を苺は受けとると、乱暴にリビングのドアを開け、玄関へと早足で向かう。
「食材が痛むからな、寄り道するなよ」
 返事はない。が、サンダルを引っ掛ける音がする。
 大丈夫だろうか…
 今までの数々の悪行を思い出し、俺は一抹の不安というよりも、大きな不安を感じる。   いつも通りの買い物なら心配もしないが、今日は品目の中に少々特殊なものがある。
 やはり、ついていくべきだったか
 俺は扇風機の風を一段階強くし、氷の入った麦茶を飲み干す。
 ふと、冷凍庫に空きがあることを思い出す。この前の買い物の時には空きがなかったので買えなかったが、今日ならアイスクリームが買えるだろう。
 まだ、そう遠くには行ってないはずだ
 玄関を通り、炎天下の出る。俺は品目の追加を苺に伝えようと道路の向こう側を見る。
 そこには、灰色縞猫を追って他人様の塀の上を歩いている苺がいた。
 半分反射的に持っていた、ゲーム機を後頭部向かって投げつける。
 クリーンヒット
「何すんの」
 うまい具合にバランスを取り塀から落ちなかった苺が、不満たっぷりの表情でこちらを見下ろす。猫まで何事かという表情でこちらを見ている。
「いつもなら、気分に寄り切り見逃してやるが、今日は時間制限がある。アウトだ」
 あまりにも投げることが多いので、強度補強の金属カバーを着けられている携帯ゲームを回収しながら、俺はため息をつく。
 ついていくしか選択肢はないようだ。
 じゃんけんに負ける可能性を考えて、外に出る服を着ておいたのが功をそうした。
 いま、服を着に戻ればおそらく100パーセントの確率で灰色縞猫を追って苺は消えるだろう。
 まあ、黒一色だが男だから問題ないだろう。
「行くぞ」
「はいなー」
「とりあえず、塀から降りろ」
「えー」
 俺は苺の代わりに大人しい灰色縞猫を塀から降ろす。
「よっと」
 予想通り、それに合わせて苺も道路へ降りてくる。
 ……
 俺は黙って、歩き始める
「どったの?」
 何か不信感を感じたのか、大柄のワンピースを着た苺が首を傾げる。
 こういうところだけは感がいい
「怒らないか」
「怒らないよ」
「パ○ツ等、丸み---」
 手刀が俺の脇腹にめり込む。
「怒らないって言っただろ……」
 脇腹を抑えながら歩き続ける。
「怒ってないよー」
 棒読みの台詞を苺は言いながらクルリと回る。
 赤い大柄のワンピースがなびき、金魚が苺の周りを泳いでいるかの様に見える。
 今日は相当、暑いらしい
 
 
「先に買うぞ」
 生鮮食品を買う関係上、先に買った方が効率的にいいのは目に見えていた。
 が、
「……兄さん、先に入ってよ」
 苺が俺の後ろに隠れる。
「お前は性別が女性のはずだろ」
 煌びやかな装飾がほどこされた店頭が、夏の日差しを反射して目に痛い。
「安物のアクセサリーショップならともかくとして、こんなとこ入ったこと無いよ」
 俺の後ろでますます苺は小さくなる。
 いつもは色々開けっ広げの癖に変なところで気が小さくなる。
 相変わらず、変なやつだ。
「買うもの決まってるんだからさ、ショウウィンドウから目的のモノひったくって、お金を置いてて逃げようよ」
 本気で言っているのが悩みの種だ。
 ついてきて良かった。
「アウトだ。いい加減、善悪が分かるようになれ」
「兄さんが、感情が分かるようになったらね」
「じゃんけんに負けたのはお前だ、行くぞ」
「うー……」
 金属の匂いが渦巻く店内に、俺たちは足を踏み入れた。
 
 互いにぐったりしながら、スーパーへの道のりを歩いていた。
 買った物は、苺に持たせるのは危険極まりないので俺が持っている。
「うー、気持ち悪い」
 項垂れたまま、苺が呟く。
「取り敢えず、山は一つ越えた」
「頭ぐらぐらー、仕事で口直ししたいー」
 斜めった苺の進路を修正する。
「そういえば、対象の住所が近くだったな」
 ふと、思い出す。
「が、だめだぞ。今日はすでに予定が入っているんだからな」
 一瞬、輝いた目がまたどんよりとした曇り模様となる。
「うー……」
 スーパーはもうすぐそこだ。
 
 スーパーにて
「兄さん、これ」
「だめだ」
「せめて見てから、却下してよ」
「見なくても鮮魚コーナーを通ったんだから分かる。なまこはだめだ。戻してこい」
「けちー、ちゃんと世話するから」
「飼うな」
「……?飼わないなら、このなまこどーするの?」
「…この店舗の種類を言ってみろ」
「スーパー。スーパーマーケット。意味は伝統的な市場を超えるほどの商店」
「売っているものは?」
「専門的な品物を扱うのではなく、幅広い品物を扱う。が、基本的には食料品や日用品販売主体」
「なまこは?」
「……日用品?」
「……何に使うんだ?」
「えーと、お風呂で垢すりとか?」
「取り敢えず、もう会計だから置いて来い」
「ちぇー」
 
 シャーベットを噛み砕く涼やかな音と、セミの鳴き声、実際に鳴っている音はそれだけだ。が、どこかむき出しの遊具が熱される際に音を出しているように思える。
「おいしー」
 そして、また音が追加される。
「食いすぎだ、よこせ」
「もうちょい」
「却下」
 無理やり食べかけの小豆アイスを苺の手から奪う。
 ……半分以上消えている。
 俺は、苺を左手で制止しながら残りのアイスを食べ終わる。
「アイスー」
「半分以上食っただろ」
 公園のゴミ箱にアイスの棒を投げ入れると、買い物袋一つと小さな紙袋を手に取り立ち上がる。
「あたしの方が大きい」
「俺は紙袋も持っている」
 不満を垂れ流しながら苺は買い物袋に手をかけ、立ち上がる。
 地面が土の公園より、アスファルトの道路のほうが暑く思えた。というか、そうなんだろう。
「焼ける」
 短く呟き、苺が再び項垂れながらも道路の隅を歩き始める。
 気が遠くなりそうな、夏の日差しの中をしばらく歩いていると、何かに気がついた。
 ……前からトラック
 どこか見覚えのある運転手
 回転数が上がった気がするタイヤ
 突っ込んで来る
 地面を蹴って避けた
 距離を取る
 トラックは塀に少しめり込んだが、すぐにバックして自由になると道路の方に逃げた俺に標準を合わせる。
「兄さん、足止めしてよ」
 塀の上に逃げた苺がそう言いつつ、太ももに隠していた拳銃をとても楽しそうに取り出す。
「次、避けた時に仕留めろ」
 いつもなら俺自身が殺ってもいいのだが、今日は汚せない荷物があって、両手もふさがっている上に、冷蔵食品も持っている。野菜もどこかぶつかって痛んだら困る。
 さっさと終わらせる。
 俺はトラックに対峙すると、軽くスッテプを踏み、相手を見据える。
 目を細め、集中する。
 若干、相手の体が前に倒れる。アクセルを踏んだ。
 俺は動く。恐らく、結構な余裕をもって避けられるだろう。
 同時に、灰色縞猫が俺とトラックの間に割って入った。
「猫!」「!」
 苺が叫ぶ。
 ぎりぎりの方向転換をしつつ、掴んでいた紙袋の取っ手を腕に通し、その手を猫に向かって伸ばす。
 その選択がいけなかった。
 紙袋の端から小奇麗に包装された小包が宙へと放り出される。
「あっ」
 苺の声がした。
 だが、この状況だ。やることはやるだろう。
 俺の手が猫を掴む。
 銃声がする。
 派手な衝突音と共にさっきとは反対側の塀にトラックがめり込んで、止まった。
「……やっちゃった」
「アウト、だな…」
 小奇麗に包装されていた小包は、トラックと塀とに挟まれて、見るも無残な姿になっていた。
 
 
 
「さて」
「うん」
「ということで、だ」
「うんうん」
「……とりあえず、飯を作るか」
「そーだね」
 俺たちは同時に立ち上がると、小包の中身をテーブルの上に置いたまま、台所へと移動する。
 所謂、問題の先送りだ。
 現実逃避とも言う。
「あら、今日はパエリアなの」
「うわぁ!」
「……母さん」
 食材を用意しているところに、母さんが後ろから現れる。
「後ろから気配を消して現れないでくれ。心臓に悪い。あと、裏口から帰ってくると靴を移動させないといけない。少し、不衛生だからやめてくれ」
「ふふ、ごめんなさい」
 リビングの小包が目の端に入る。
「あ」
 苺も気が付いたらしく、慌ててリビングへと走る。
「苺? どうしたの?」
「いや、なんでもないんだ、母さん」
 母さんを制止するために、立ち塞がるが、抜けられる。
「あ、えっ……と」
 後ろ手に苺が隠そうとする。が、包装紙で包んで隠そうとしたところで失敗したらしく色々と床に落ちる。
「あら」
「あわわ……」
 急いで苺が隠すが、見られた。
「あー、すまん。母さん」
「うー……」
 苺が観念したらしく、母さんに包装紙の中身を見せる。
 俺は感情がよくわからない。が、大体の悪いことと良いことの区別はつく
「苺と一緒に誕生日プレゼント、買ったんだが……」
 他者の誕生日プレゼントを壊した。
「仕事がいきなり入って……壊した」
 これは悪いことだろう。
「あらあらー」
 母さんが、笑いながらネックレスの欠片を持ち上げる。母さんの笑顔は顔の筋肉がそうなっているんじゃないかというほどデフォルトだ。表情は判断材料に入らない。
「仕事、ってこの辺に住んでた精神異常者?」
「トラックで突っ込んできた」
「資料が更新されてなかったのね」
 砕けたペンダントヘッドを照明にかざす。外はもう暗くなり始めていた。
「あの精神異常者、貴金属店の紙袋に反応していたんですって」
 情報の取得漏れか……
「ふふふ……」
 砕けたペンダントヘッドを置くと母さんが声を出して笑う。
「さ、お腹すいちゃった、パエリアにしましょう?」
 ……?
「怒らないのか?」
「事故になんで、怒るの?」
 やけに上機嫌だ。
「やけに上機嫌だ。良いことがあったのか?」
 声に出す。
 事故の原因は俺にあるが、それは黙っておくことにする。苺も少しは自分に否があるとわかっているのか、何も言わない。
「苺ならわかるんじゃない?」
「うー……、けど、壊れちゃったよ」
「母さんの上機嫌にはそれで十分」
 なんだ、この置いてけぼり感。
 答えがすでに情報内に提示されているらしいが、よくわからない。
 俺が首を捻ったところで、3人の腹の虫が指し示した様に鳴き声を上げた。
 一瞬の間の後、母さんと苺が笑う。俺はため息をつき、肩をすくめた。
 どうやら今は、この胃袋たちを満たす方が優先事項らしい。
「作るか」
「了解!」
 俺と苺は台所へと向かう。
 
 夏の空に金魚は泳ぎ、黒き陽炎が罪を焼く
 
 終演


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