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あの時、 見られていなければ、すべては始まらなかった。 対象が『裏』の住人の日だった。 しかも、それを知ったのが対象からの刃を躱した時だった。 無傷で殺せはしたものの、気づけば随分と表通りに近いところまで来ていた。表通りとの接点である路地だったのだから、近い、というよりはスグそばだ。 死体を処理しなければならなかった。血まみれの死体の首に腕を回して、肩を貸す格好で歩き始める。 俺は死体を後衛部隊に引き渡すため、設定しておいた場所に死体を移動させ始めた。 その時、誰かこちらを見ながら表通りを横切った。 フードも被っているし、薄暗いし大丈夫だろう。 と、高をくくっていた。 次の瞬間 車のヘッドライトが俺の顔を照らし出し、同じ車のボンネットが横切っていた男を宙へと跳ね飛ばした。 跳ね飛ばされた男は俺と死体の頭上を、きれいな放物線を描きながら通り過ぎ、2バウンドほどした後にゴミ収集所に頭から突っ込んで、動きを止めた。 正直な話、呆気に取られた。 が、職業病なのか直ぐさま別の路地に逃げ込み、物陰に身を隠す。 表通りの事故だったこともあり、轢き逃げにはならなかったらしい。ほんの少しの間の後に人々の喧噪の波が路地内に入り込み、その後には救急車の音が聞こえてきた。 あれだけ派手にやったのに次の日には退院して来たのだから、人間の生命力とは恐ろしいものだ。 跳ね飛ばされた男の素性はすぐ分かった。 職業は少々名の知れたレストランの料理人。勤務地は都内ビルの8階。 俺は適当にその他の情報も収集すると、退院した次の日には出勤した料理人を殺しに、勤務地に赴いた。 いつも非常階段から帰っているという情報があった。その情報を踏まえて、丁度並行するように立っている隣のビルの非常階段付近に、防犯カメラを潰した後に待機。武器を構えて、座り込む。 最近使い始めた棒状手裏剣。平たく、耐久力は普通の棒状手裏剣よりは低くなるが、周囲一周が刃に加工されているため対象に当てやすい。 外国からの輸入物だ。知り合いに紹介して貰ったものだが最近発売したらしく、日本ではまだ流通していないようだ。 不意に、勢いよく非常扉が開き、料理人が飛び出してきた。 狙いを済まし、投げる。 その瞬間、何か黒いものが料理人と俺のとの間を横切った。 横切ったものが何かは分からなかった。が、武器はそれを突き抜けて料理人には当ったらしく、体勢を崩して階段を転げ落ちる。 寒いし、取り敢えず早めに生死を確認して、武器も回収して、この場を去ろう。 そう思いながら立ち上がったと同時に、 墜落音がした。 手すりから身を乗り出し、地面を確認する。 料理人が仰向けに倒れていた。黒い服の背面が赤く染みている。 頭を下に落ちたらしく、頭部の損傷も激しい。中身が心なしか見えている。 多分、死んでいる。 俺がそう判断すると同時に、料理人が出て来たのと同じ建物から何かの気配を感じた。建物の中に入り身を隠す。 そして、事前に調べておいた別の道へと抜ける出口を使い、その場を離れた。 武器を残したことだけが気がかりだったが、俺があれを持っていることを知っているのは実質、妹とあれを譲ってくれた張本人の2人だけだ。 大丈夫だ。 俺は頷き、帰路を急いだ。 何が大丈夫だったんだ? 短い、自嘲気味のため息をつきながら武器を見つけた苺から目をそらす。 別に、殺さなくてもよかった。 顔を見られたという確証がある訳でもなかったし、死体を見られた確証もなかったうえに、誰かに頼まれた訳でもない。 ああ、そうか 苺から向けられた視線から、俺は素早く顔を背ける。 しかし、苺からの流れ出るどろどろとした不穏な空気が俺の身の危険を肌で感じさせる 苺のせいにして、サーシャルのお供にして、ここから遠ざけようとしたのも、その前に殺そうとしたのも、 俺は、自分の失敗を隠したかったのか。 料理人がグールと吸血鬼の半端者になった理由。 これは全くの推論でしかないが、料理人に棒手裏剣を投げたあの時、間を横切ったのはサーシャルだったのだろう。そして、吸血鬼の血液が付着した棒手裏剣が死因となった。これにより、『死亡後の血液感染によるグール化』『生前の血液感染による吸血鬼化』のどちらでもなくなってしまった。 こんな感じだろう。 まあ、全くの的外れの可能性もあるし、今はそんな答え合わせをしている場合ではないが。 「兄ーさーん?」 苺に俺は背を向けると、逃げ出す。瞬間、ものすごい力で肩を掴まれる。 逃げ損ねた。 そのまま、色々方向転換された後に、後ろにひかれてバックしていく。 確か、少し行ったところに曲がり角がある。その先に音が反響して漏れにくい場所があったはずだ。 きっと、苺はそこを行くのだろう。 多分その先にあるのは、地獄だ。 なんだったか……、この状況を表す4文字熟語があったような気がするんだが…… 『本末転倒』 語呂はいいが、どうも違うような気がする。 『同じ穴のムジナ』 似ているが違うな 『人を呪わば穴二つ』 これが大体あってるか。 『身から出た錆』 俺は、深いため息をつく。 ……これか。 はるか頭上で、星々が何の関係もなく、輝いていた。 |