第一章 [view01] 夜は人間にとって、寝る時間だ。 俺は時計から目を逸らし、ため息をつく。 AM 01:28 真夜中と言ってもいい時間帯だ。 太陽は沈み、月が昇り、文明が発達しようとも、一向にこの時間帯は暗闇が優勢を誇っている。 暗闇は視界を遮り大抵の生物は行動を制限され、否応もなく活動を停止し、寝床に入ると、朝への体力を蓄える。 つまり、 物を喰う時間ではない。 俺は傷一つ無くきれいに剥いたゆで卵を口に当てたままこちらを向いて制止している妹が台所にいるという現実から、逃避しようとする。 「な……」 やっと、妹―――苺<マイ>が口を開く。 「……なに見てんのYO」 「突っ込むところが多過ぎて何処から突っ込めばいいか迷っていたんだ。が、取り敢えずその訳の分からないラップ口調から突っ込んでみるか。まあ大体、いざゆで卵を食べようとした所に上で寝ているはずの俺が登場して母さんにチクられるんじゃ無いかと危惧している…そこまでの思考には達していないな、せいぜい動揺したとこ止まりか」 「兄さんの馬鹿ぁ!頭悪いのに難しそうな言葉使ってんじゃ無いよ!」 苺は勢いよく両手で顔を覆いながら顔を背ける。 恐らく泣いている様子を表現しているのだろうが、片手に持ったゆで卵がその存在感を主張しただけのように思える。 ……大して難しい言葉を使った覚えは無いんだがな。 よく見ればゆで卵からは僅かにだが湯気が立っている。 この真冬の真夜中に、ストーブもつけずにいることも関係しているだろうが、取り敢えず作り置きではないに違いない。 「この真夜中に作ったのか」 「この真夜中にトって来たの」 そう答えると苺は耐え切れなくなったのか、単に俺相手に我慢することも無いと思ったのか、ゆで卵を齧りつく。 固めより少し半熟よりの断面が見えた。 ゆで卵というのは俺の記憶の中では採取するモノの部類に入ってないんだが。 よく見なくても、テーブルの上に鎮座している保温バックの中に、白い卵がぎっしりと入っていた。 俺はため息をつきながら片手を額に当てる。 頭が痛いような気がした。 「そんなに食べたかったのなら夕食前に言えば作ってやったぞ?」 今日の夕食をレトルトカレーに野菜を投げ込んだだけの手抜き料理にしたのがいけなかったのか。 今のところ突っ込みがないところをみるとバレてはいないとは思うが 「兄さんじゃなくて一流のコックさんが作った出来たてを食べたくなったの」 …… 「……見られてないだろうな」 気のせいじゃなく、頭が痛い。 「餅の論」 苺は二個目のゆで卵に手を伸ばしながらもう一方の手でこちらにVサインを送って来る。 「兄さんも食べるでしょ?」 ゆで卵が宙を舞う。 まだ温かい、というか熱いゆで卵を俺が手中に収めると同時に苺が再びゆで卵に罅を入れる。 結局二個目を食べるのか…… 俺は色々と諦め、脱いだ上着を椅子の背に掛けると自分の席に着いた。 テーブルの縁に軽くゆで卵をぶつけて、罅を入れる。 「兄さんは夜のお散歩?」 …… 「ああ」 俺がゆで卵の上、半面剥き終わったところで不意に、飾り気のない電子音が鳴り響く。電話だ。 「持ってろ」 「えー」 不満たっぷりの表情と声の苺にゆで卵を渡すと席を立ち、受話器を取り上げる。 「もしもし?」 『黒風か?』 俺は自分の通り名を呼ばれると同時に今日の睡眠時間が無くなることを確信した。 |