狂走苺<キョウソウイチゴ>




 マイは笑っていた。
 銃声が鳴り、硝煙の匂いがたち、悲鳴が上がる。
「回り込め! 敵は一人だ、囲んで応戦しろ!」
 生け捕りにするならともかく、馬鹿なことを。
 笑みを深めながら、マイは肩をすくめる。
 壁を背にした敵の頭部にほぼゼロ距離からの射撃叩き込み、すぐさま後ろからの攻撃を避けた。
 周囲に高く積み上げられた荷物につま先を差し込み、駆け上がる。
 彼女の周りだけ重力が消えたかのように、すぐさま荷物の頂上にたどり着く。有象無象の教団信者たちが攻撃する間も無い。
「あははっは!」
 たどり着くと同時に、足場となっているその荷物を崩し始める。
 規則正しく積み重ねられていた、麻袋たちはたちまち茶色の雪崩と化し、教団たちを飲み込んだ。
 マイは次々に第2弾、第3弾と雪崩を起こし、その一つに飛び乗った。
「えーいっ」
「うわぁあ!」
 マイは銃の標準を合わせてきた教団の上に、麻袋の中身をぶちまける。
 顔面にソバの実が大量に降りかかり、目を開けていられるものはそう多くないだろう。実際、教団の中には一人しかいなかった。
 雪崩の被害者を、助けていた。青い目をした男。
 顔半分を、金属板で覆っている。その金属板の上に左目の代わりとなるカメラがついていた。
 マイは麻袋をそいつに向かって投げつけると、銃を構える。
「来なよ! 君は、こっち用に作られてるんだから!」
 手榴弾のピンを口で抜き、そいつに向かって投げつける。
「そんなことしてると、怒られちゃうぞ!」
 青い目をした男は投げつけられた手榴弾を、天井へと振り払う。爆音が鳴り響き薄暗い倉庫が一瞬、照らし出された。奥歯をぎりりと、食いしばる。
「諦めなよ、仕様が違う」
 口の端を吊り上げ、マイが誘う。
「行け!」
「行くんだ!」
 マイの言葉に唆されるように、そいつの仲間であるはずの教団たちからも声がかかる。
 ステップを踏むように、マイが後退した。
 そして、銃を構えたまま指で軽く、こまねく。
「行け!」
 教団の鋭い言葉を皮切りに、青い目をした男は地を蹴った。
 同時に、マイが背を向けて走り出した。男は迷わず、それを追う。彼女の行く道の先には階段がある。
 倉庫の2階から屋根へと移り、そこから脱出する
つもりか。
 追い続ける青い目をした男はそう当たりを付けると、彼女が消えた角を勢いよく曲がる。
 そこには、マイの満面の笑みがあった。
「っ?!」
「ハズレ!」
 止まって、退こうとするが出来ない。
 自らが突っ込むように、マイの体当たりを受ける。と同時に、男の体全身に激痛が走った。立っていることが出来ずに、後ろへと倒れ仰向けになる。
「逃げると思った? 今の速度からして、思ったみたいだね?」
 マイの手にはスタンガンのようなものが握られている。彼の動きを奪うとなると、相当の威力のものだろう。
 ゆっくりと、彼の傍に屈み込み、彼の右目――生身の瞳を覗き込む。彼女の姿が青い瞳に映り込む。
「助け、来ないよ」
 マイが笑う。
「!!」
「陽動と囮は成功。あたしの役目はこれでほぼ終わり。囮ってのは気に食わなかったけど、楽しかったから許すよ」
 陸に挙げられた魚のように、青い目の男が口を
開閉する。
「向こうはどうなってるかな。あの人数だからまあ、終わってるだろうけどね。きっと」
 よいしょと、立ち上がる。
 「抵抗される間もないよ」
 来たほうの通路に視線を向けるマイの右頬を、
 拳が掠めた。
 一瞬の無表情。その次の瞬間、最高の笑顔が浮かべられた。
「へえ、立ち上がるんだ!」
 マイは距離をとるが、その視線は一点に釘づけにされている
 青い目をした男が、その身を立ち上げようとしていた。
「いいね、君みたいな熱い奴、大好きだよ! だけど……!」
 言葉を区切ると、青い目の男との距離を詰める。攻撃が来る前に、荷物に体重を任せていた右手を振り払い、体制を低くして反対側の足に払いをかける。
「く……っ!」
 体勢を崩した、青い目の男に腹部に先ほどのスタンガンを押し付けた。
 何かが弾けるような音がして、先ほどと同じような衝撃が走り、青い目の男の意識は薄れていく。
「ありゃ、壊れた。2回が限度かー」
 何ともなしに呟くマイは、薄れゆく意識を必死に繋ぎ止めようとする、青い目の男に気が付く。
「あれ、聞いちゃった?」
 笑いながら銃を取出し、青い目の男の眉間に向ける。
「ばぁん!」
 銃が跳ね上がる。が、硝煙も上がっていない。弾も出ていない。
「……なーんちゃって。君を殺すと、怒られるからねー。教団がうざくなるのは真っ平ごめんだって、ね。あたしとしては、大歓迎なんだけど」
 ならば、殺された人たちは、殺されていい人たちだったのか。誰からも必要とされない人だったのか。
 青い目の男は叫ぼうとする。しかし、叫ぶどころか意識を繋ぎ止めるのさえ、困難になってくる。
「また、遊ぼうね」
 銃をしまいながら、マイは青い目の男に無邪気に微笑みかけた。
 そこで青い目の男は、気を失った。




「あー楽しかった!」
「ちゃんと殺さなかっただろうな?」
「毎回毎回そこまで、気にしてると禿るよ? バーコードまっしぐら」
「禿る前に、胃に穴が開いて吐血しそうだ」
「その後の、禿る運命は回避できなさそうだね! ねえねえ、兄さん」
「知っているか? 女性も禿るんだぞ?」
「どうして全員殺さなかったの?」
「なんのことだ?」
「一人。残ってた」
「青い目の男か?」
「はぐらかさないでよー。戻って証明されるよりいいんじゃない?それとも、武器が足りなくなったとか下手な言い訳してみる?」
「マイ、生の鶏肉を貰ったらどうする?」
「兄さんに取られないように隠す」
「……即答だな。まあ、いい。その後はどうする?」
「から揚げにするか、煎り鳥にするか、チキンステーキにするか、塩焼きにする!」
「そういことだ」
「わからないよ」
「生のものは、いくら美味そうでも料理しないと食えないってことだ」
「!」
「楽しいのは好きだろ?」
「……あはは! 最悪だね! 兄さん!」



 そしてそれはまた、別のお話


    紅の風は夢を舞い 後に残るは生者を拒む世界のみ
 
   <終>

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