闇の話 〜colors_black〜




 闇は人によっては心地良いことがある。多分、自分もその類だ
 
 だが闇には一つ、気を付けなければいけないことがある
 
 喰うんだよ。闇は
 
 一つ、話をしようか?
 
 昔、友人と一緒に夜釣りに行ったんだ。山中の池といっても良いような小さな湖で、地元の人しか知らない超・穴場だ
 
 自分たちは、すでに釣り人たちの共同所有物となっているボートに乗り込み、黒に塗られた湖面をオールで撫でて、湖の中央へと進んでいったんだ
 
 続きを聞くか?
 
 湖の静かなものだったよ。聞こえるのは風とそれに踊らされる木の葉の音のみ。虫も眠り始める時期だったし、鳥はもちろんおねんね中。そういえば、獣の声も聞こえなかった
 
 その日はよく釣れる日だったなぁ。まあ、友人より自分の方が釣れてたが
 
 釣り始めて暫くした頃、友人の釣糸に何か絡まった。自分は明かりを友人に差し出し、自分の釣糸の方へ意識を戻したんだ
 
 不意に、水に何かが落ちる音がして、一切の明かりが消え、闇が現れた
 
 月が雲に隠れていた時だったんだ。いつの間にか風は止み、すべての音が消えていた
 
 「○○?」自分は友人の名を呼んだ。不思議に思ったのさ。多分、水音からして落ちたのは友人ではなく明かりだろうと推測がついた。それならば何故、何の声を上げないのか
 
 返事? なかったよ。振り向きもしたが、さっきまでの光で闇に目が慣れてなかった。そのせいで友人の姿も見えなかった。いや、姿が見えなかったのはそのせいじゃないかもしれないけどな
 
 「○○?」眉をひそめるながら、もう一度友人の名を呼びながら手を伸ばしたんだ
 
 ある一点を自分の手が越えたと同時に、全身を悪寒が駆け巡った。直感に従い、すぐさま手を引込めた。同時に急いで、予備の明かりを探した
 
 見つけた明かりを点けるのに、ひどく時間がかかったような気がしたよ。むしろ、点いて欲しくなかったのかもしれない
 
 やっと点けても友人は照らし出すことはできなかった、いなかったんだ
 
 喰われたのさ、闇にな
 
 その時、気まぐれな月が姿を現した。冷たい風に煽られ、船が揺らいだ。木の葉のざわめきが空を包み込んだ
 
 何度も友人の名前を呼んだよ。水音一つ立てずにいなくなるなんて、にわかには信じられなかったしな。湖面を覗き込んだが、ゆがんだ自分の顔以外は見つけられなかった
 
 捜索? さあ……、どうだったかな。逃げるようにそこから駆け下りて暫くは右手に残った悪寒が全身に回って寝込んでいたし、その後一か月ぐらいは記憶があやふやなんだ
 
 結果として残ったのは、友人の失踪、湖への立ち入り禁止、そして、右手の悪寒
 
 友人に手を伸ばしたあの時、自分の手は喰われてしまったのかもしれない。もしくは、憑かれてしまったのかもしれない。馬鹿馬鹿しいことに、ただの勘違いという線が濃厚だ
 
 ただ、あの時から自分の周りにはよく闇が現れる。自身が惹かれているのか、それとも右手に憑いたのを取り返しに来ているのか。この右手のおかげで喰われずに済んでいるのか、まさに真実は闇の中、だ
 
 これで、自分の話はおしまい。オチ?そんなものは無い
 
 ただ、あえてもう一つだけ付け加えるならば、闇を恐れないことだ
 
 それは、光よりも前に存在していた、世界そのものなのだから
 
 

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